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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6894号 判決 1974年4月02日

原告

広江正克

右訴訟代理人

日笠博雄

被告

右代表者

中村梅吉

右訴訟代理人

水本民雄

右指定代理人

寺内信雄

外三名

主文

一  原告の緊急事務管理に基づく訴えを却下する。

二  その余の訴えにつき、原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四六年八月一四日より支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

(請求原因)

一ないし三<略>

四 以上論述した事由よりして、即ち本件会社の残余財産たる本件土地が、被告の違法無効な買収・売渡処分により、本件土地所有権を回復することが不可能となつた結果、本件土地の価額相当の損害、すなわち、金二、九八五万円(3.3平方メートル当り金五万円)の損害を蒙つたものである。このような場合、原告が本件会社の被告に対して有する損害賠償請求を、後記五のとおり、緊急事務管理に基づくか、ないしは代位行使し得るのみならず、原告は被告に対し直接に不法行為に基づく損害賠償を請求し得るというべきである。

五(一) 本件会社の社員は、それぞれ無限責任社員が原告の父訴外亡広江澤次郎・有限責任社員がその母訴外広江国恵のみであつたが、原告は、昭和二五年五月一三日右母の死亡によりその相続人として、本件会社の有限責任社員となり、次いで、昭和二八年八月三一日に右父も死亡したので、原告は同人の残余財産分配請求権を相続し、かくて、本件会社の社員は有限責任社員である原告一人のみになつた。

(二) ところで、本件会社は、昭和三年ころ、前記京城府において設立され、同所に本店を有していたから、本件政令の適用を受け、被告は同法令に基づき本件会社の特殊整理人を選任して、本件会社の権利行使を可能にすべき義務があるにもかかわらず、その義務を怠り、いまだに右特殊整理人の選任をしない。

また、右特殊整理人の選任を受けるためには、本邦内に整理すべき財産があることが必要であるが、本件会社には、形式上本邦内に所有する財産は存在しないので、原告が進んで右特殊整理人の選任を受けたくても、その手続が出来ない状況にある。そこで原告は、本件会社の被告に対する本件損害賠償請求権を放置することにより、本件会社が蒙る損害を回避するため、已むなく原告は本件会社の緊急事務管理のため、本件訴訟を提起した。

(三) 原告は、本件会社に対し、前記残余財産分配請求権を有するところ、本件会社には、本件土地以外に財産がないので、原告は、右分配請求権保全のため、本件会社の被告に対する前記損害賠償請求権を代位行使する。

(四)かりに、右各主張が認められなければ、原告は、被告の前記不法行為によつて、原告の本件会社に対する残余財産分配請求権(本件政令第二八条の二および九により、本件会社の残余財産は、出資の価額に応じた割合で社員に分配しなければならない。しかも本件会社は右残余財産を留保しておく原因がない、そこで原告の本件会社に対する残余財産分配請求権は現実化しているというべきである。)を侵害されたから、原告は被告に対し右侵害に基づく損害賠償請求権を有する。

六 よつて原告は被告に対し、前記損害賠償金二、九八五万円の内金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四六年八月一四日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(本案前の答弁)

被告は「原告の緊急事務管理に基づく訴えを却下する。」と申立てたが、その理由は左記のとおりである。

原告は本件会社が在外会社であることを前提として、本件会社の緊急事務管理のため、本訴を提起して会社の財産権の保全をはかる旨主張しているが、本件会社は国が指定した在外会社ではない。そこで原告に管理権のないことも明らかなことで、原告は当事者としての適格を欠き、いわゆる訴訟実施権を有しないことは明白である。

なお、本件会社が当事者として提起すべき訴訟を第三者である原告が提起しうるためには、訴訟実施権を裏付ける何らかの権限を有することが必要であるが、原告は単に本件会社の有限責任社員であるというだけの地位にもとづき、しかも緊急事務管理という独自の法律的見解により本訴を提起しているのであるから、いわゆる訴訟実施権を有しないことは極めて明らかである。

(請求原因に対する認否)

一ないし三<略>

四 同四項の事実は否認する。

五 同五項(一)の事実は不知。(二)ないし(四)の事実は否認する。

六 同六項は争う。

(被告の主張)

一ないし五<略>

六 本件政令に基づき、特殊整理人が選任されるのは、本件政令第二条に規定されている主務大臣が告示で指定するいわゆる在外会社であることを要するところ、本件会社は右指定を受けていないから、原告の主張はその前提を欠き失当である。

第三 証拠<略>

理由

一まず原告が、緊急事務管理に基づく訴えにつき、正当な当事者としての適格性、いわゆる訴訟追行権を有するか否かにつき判断する。

原告は、本件会社の有限責任社員であるが、本件会社には代表権を有する無限責任社員が欠如しているところ、本件会社は、本件政令に定める在外会社であるから、被告は本件政令に定めるところにより、本件会社のため特殊整理人を選任すべき義務があるのに、これを怠つているため、本件会社は代表者を欠いたままである。そこで原告は、本件会社の被告に対する損害賠償請求権を放置することによつて、本件会社が蒙る損害を回避するため、やむなく緊急事務管理に基づき本件会社の被告に対する本件損害賠償請求を原告の名において訴求したというのである。

よつて案ずるに、訴訟追行権は、訴訟法上の権能であり、それは訴訟の任務・構造・既判力等の関係を考慮した上で是認されるべきか否か判断さるべきものであるところ、本件のような給付訴訟において、訴訟追行権を有するためには、原告および被告が訴訟物たる権利または法律関係について管理処分権を有することが必要であり、したがつて、管理処分権を有せず、判決の結果につき、単に法律上の利害関係を有するに過ぎざるものは、正当な当事者となり得ないというべきである。

しかるに原告の前記主張自体から明らかなように、本件訴訟物の権利主体は本件会社であるから、本来は本件会社が正当な当事者である。

原告は、まず「本件会社は本件政令に定める在外会社であり……これを怠つていたため、本件会社は代表者を欠いたままである。」旨主張するが、本件政令による在外会社は、同第二条の規定により主務大臣の指定が必要であるが、この指定がない(そのことは当事者間に争いがない。)以上、特殊整理人選任云々に関する右原告の主張はその前提を欠くものというべきである。さらにこれに関連して、原告は「または特殊整理人の選定を受けるためには……特殊整理人の選任を受けたくても、その手続が出来ない状況にある。」旨主張するが、前記と同様の理由により、右主張もまた採用の余地がない。

次いで原告は、緊急事務管理に基づき、本件の訴訟追行権を有すると主張するのであるが、そもそも事務管理とは、一般に契約上または法律上の義務や権限なくして他人の権利ないし利益領域に干渉した場合、それた関連し、ないしはその影響の結果、他人に損害を与えれば不法行為に該当するといいうるが、但し場合により該行為が事務管理の成立要件を充足すると認定されるときには、本人と事務管理者との関係において、とくに違法性が阻却され、不法行為責任を免かれるというにすぎず、本人と相手方との関係においては事務管理が成立する場合に管理者のなした法律行為の効果は当然には本人に帰属しないと解するを相当とする。してみれば、原告は右事務管理によつては、本件訴訟物につき、管理処分権を有するとはとうていいえないから、原告が緊急事務管理に根拠をおき訴訟追行権を有するとは肯認できない。いずれにせよ、原告の緊急事務管理に基づく訴えは、原告が正当な当事者として訴訟追行権を有しないのである以上、本案の判断に入るまでもなく、訴訟要件を欠くものとして、訴えを却下すべきである。

二次に、原告の残余財産分配請求権に基づく債権者代位権の主張について判断する。合資会社の社員は、無限責任社員と有限責任社員とから成るため、いずれか一方の社員が欠ければ会社は合資会社として存続できず、解散する。本件会社の場合、原告の右主張自体から明らかなように無限責任社員である訴外広江澤次郎の死亡により、無限責任社員を欠くに至つた結果、本件会社は解散状態になり、原告は、有限責任社員として、かつ、また右澤次郎の相続人として本件会社の残余財産の分配請求権を有することが明らかである。

しかるに、右残余財産分配請求権は、会社の債務を弁済した後に、残余財産があれば支払われるというにすぎず、したがつて右請求権は清算手続をなしてはじめて具体化する筋合いであるところ、原告の本件会社に対する残余財産分配請求が右清算手続により現実化・具体化したことを認めるに足る証拠は何ら存しない。

してみれば、未だ原告の本件会社に対する保全すべき具体的な債権の存在の証明がないから、爾余の点につき判断するまでもなく、原告の債権者代位権の行使による本訴請求は到底肯認できないというべきである。

三さらに、本件不法行為に基づく原告固有の損害賠償請求の主張についても、不法行為による損害賠償請求の場合は、現実的な損害の発生がなければならないところ、本件は、前項に記述した如く、原告の残余財産分配請求権はまだ現実化・具体化されておらず、したがつて原告の現実的損害の発生は不明というべきであるから、爾余の点に判断を加えるまでもなく、原告のこの点の主張も理由がない。したがつて右主張も採用の余地はないというべきである。

四よつて、原告の緊急事務管理に基づく訴えを却下し、その余の訴えにつき各請求(債権者代位による請求および原告固有の損害賠償請求)はいずれも理由がないので棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(藤原康志 松下寿夫 永吉盛雄)

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